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SPECIAL LECTURE -特別講評-

特別講評は、外部からゲストをお招きし、より外に開かれた状態から私たちの「今」の作品を見つめようとするひとつの試みです。展示と同じく一般公開となりますので、ご来場の際には講評の様子も併せてご覧いただけます。



▽SOTSUTEN



1月27日(金)「ピンポイントな美学—遠藤水城氏との講評会」
ゲスト:遠藤水城さん
【講評会】
開始:12:30〜
場所:東京都美術館よりスタート
【トーク】
開始:16:00〜
場所:東京藝術大学中央棟第一演習室
概要:学生は事前にゲストキュレーターである遠藤水城氏のことを予習し、「自分の作品のここがわかるはず」という根拠/情報を用意し、公開講評に臨みます。今回の講評会は、「よりピンポイントな形で自らの美学を深く話し合う場とする」をコンセプトに、学生自身が自分の制作に対するこだわりを見つめ直し、外の世界でも流されることのない強い芯、作家性をしっかりと建てることができる技術を、遠藤氏と共に学ぶことを目指します。

1975年、札幌生まれ。京都市在住。国内外で数多くの展覧会を手がけるインディペンデント・キュレーター。 地域におけるアートプロジェクトの企画・運営にも積極的に携わる。 主なキュレーションに「曽根裕 Perfect Moment」(東京オペラシティアートギャラリー, 2011)、国東半島芸術祭「希望の原理」(国東市、豊後高田市、2014)、はならぁと「人の集い」(高取町、2016)。2011年より東山アーティスツ・プレイスメント・サービス(HAPS)代表を務める。主な著書に『Perfect Moment』月曜社(2011)、『陸の果て、自己への配慮』PUB(2013)など
>>田中功起さんとの往復書簡(ART iT)



1月29日(日)「特別公開講評」
ゲスト:長谷川祐子さん
開始:13:00〜
場所:東京都美術館よりスタート
概要:長谷川祐子氏による、毎年恒例となった公開講評を行います。

キュレーター/美術批評。京都大学法学部卒業。東京藝術大学大学院美術研究科修士課程修了。水戸芸術館学芸員、ホイットニー美術館客員キュレーター、世田谷美術館学芸員、金沢21世紀美術館学芸課長及び芸術監督、東京都現代美術館チーフキュレーターを経て、現在、同館参事。主な企画展・国際展に、第7回イスタンブール・ビエンナーレ「エゴフーガル」(2001年)、金沢21世紀美術館開館記念展「21世紀の出会い──共鳴、ここ・から」(2004 ~ 05年)、「マシュー・バーニー:拘束のドローイング」(2005 ~ 06年)、「SPACE FOR YOUR FUTURE アートとデザインの遺伝子を組み替える」(2007 ~ 08年)、「ネオ・トロピカリア ブラジルの創造力」(2008~09年)、「建築、アートがつくりだす新しい環境」(2009~10年)、第11回シャルジャ・ビエンナーレ「re-emerge, toward a new cultural cartography(リ・イマージ: 新たな文化地図をもとめて)」(2013年)など。主な著書に、『キュレーション 知と感性を揺さぶる力』、『「なぜ?」から始める現代アート』など。



1月30日(月)「歩くシンポジウム」
ゲスト:畠中実さん
【講評会】
開始:13:00〜
場所:東京都美術館よりスタート
【トーク】
開始:16:30〜
場所:東京藝術大学中央棟第一講義室
概要:畠中実氏と学生による、公開講評ツアーを行います。「未来」をキーワードに、畠中氏と学生がこれからの自身の作品について、これからのアートについて、その場に立ち合われた皆様に向けた言葉で、自由に語り合う場を目指します。卒業し、未来へ羽ばたいていこうとしている作家たちの卵が、いま何を考え、見つめているのか。この対談を通して、参加された皆様と共に、作品を見つめるための新たな手がかりを発見し合える場となることを目指します。

1968年生まれ。NTTインターコミュニケーション・センター[ICC] 主任学芸員。多摩美術大学美術学部芸術学科卒業。1996年の開館準備よりICCに携わる。主な企画には「サウンド・アート──音というメディア」(2000年)、「サウンディング・スペース」(2003年)、「サイレント・ダイアローグ」(2007年)、「可能世界空間論」(2010年)、「みえないちから」(2010年)、「[インターネット アート これから]―ポスト・インターネットのリアリティ」(2012年)など。ダムタイプ、明和電機、ローリー・アンダーソン、八谷和彦、ライゾマティクス、磯崎新、大友良英、ジョン・ウッド&ポール・ハリソンといった作家の個展企画も行なっている。



▽WIP



日時:7月15日(金) 12:00~17:00
ゲスト:伊藤亜紗さん

1979年生まれ。東京工業大学リベラルアーツ研究教育院准教授。専門は美学、身体論。もともと生物学者を目指していたが、大学3年次より文転。2010年に東京大学大学院人文社会系研究科を単位取得のうえ退学。同年、博士号を取得(文学)。主な著作に『目の見えない人は世界をどう見ているのか』(光文社)、『ヴァレリーの芸術哲学、あるいは身体の解剖』(水声社)。参加作品に小林耕平《タ・イ・ム・マ・シ・ン》など。
>>Asa Ito official page


2016年07月29日

【WIP】伊藤亜紗さんインタビュー

 

 

 

7/11~7/15の5日間、学部4年と修士2年による展覧会「WIP展」が開催されました。最終日の講評会では、ゲストに伊藤亜紗さんをお招きし、5時間にわたりアドバイスをいただきました。まとめとしての総評の様子をこちらで紹介いたします。


Q.今回のWIP展を全体を通してご覧になって、どのような印象を持たれましたか?

A. 総評の詳細メールをもらったときは、12:30から5時間も話さなきゃいけないとのことで、すごく辛い日になるな、と覚悟してたんですけど(笑)終わってみると全然辛くなかったという印象がありました。多分皆さんの方が、身を削って作品作って、かなり疲れた表情も見えるので大変だったかと思います。私自身は、とても楽しく総評をさせていただきました。多分皆さんは、お互いの作品をいつも見てるわけですよね?どういう経緯があって、この作品ができたかがわかった上で、互いの作品を見てると思うんですけど、私は一切それを知らないので、実はすごいアウェイ感がありました。普段みんなが考えてることと違う角度で言ったりとか、余計なこと蒸し返したりとかあったと思うんですけれども、的外れでなかったことを祈って今ここにいる感じです。

WORK IN PROGRESSという名目になっていますが、私にはそうではありませんでした。みんなにとっては、今日の作品は今後に展開してく模型みたいなものだと思うんですけど、私は外部からそのプロセスに今日だけ入ってきた立場なので、今日見えている限りを完成品として見せてもらって講評したという感じです。なので「ここはヒントになる」みたいなところがあればそれを活かして、最終的な作品を作ってもらえればと思います。

私自身はもともと、新宿美術学院で作品を講評する仕事を5年くらいしてて、今は東京工業大学でアート の香りがほぼしない環境にいます (笑)。私は理系だったので、そういう意味では知ってる環境ですが、多くの場合は、アートに関して敬意も興味もほとんどない学生に向かってアートの話をしています。つまり私は普段はここ藝大とは対極の環境でアートについて考えているので、その立場から見た話をしようかなと思ってます。

【リサーチに対する意識を持つ】

一般には、アートを社会の中での特殊な営みと捉える考え方もありますが、私はそうは思っていません。今日、皆さんのそれぞれの持ち時間が12分間あるという中で、最初の2分で、作品の「解説」ではなく「リサーチクエスチョン」を話してもらいました。いま私は研究をしてますけども、多分皆さんのやっている、制作するという活動とあまり変わりません。研究するってどうやるかって言うと、まず問いをたてますよね。クエスチョンがあって、リサーチします。そしてアウトプットするわけですよ。だいたいこの三段構えです。作品づくりも、同じモデルで考えられると思うんです。今日皆さんの作品をこれに当てはめてみたんですけど……リサーチ、どうですか?人によって意識してる人と、あまりしてない人がいる印象です。アートって、自分の興味を、あまり方法論がないままアウトプットに繋げる、というふうになりがちなんじゃないかと思ってます。

学問は分野がありますよね。文学、美学、社会学、経済学、文化人類学、法学…いっぱいジャンルがあるわけですけれども、それって何で分かれてるかというと、このリサーチの視点と方法で分かれているわけですよ。対象じゃなくてね。例えば人間について考えるとか、生と死について考えるとか、テーマは同じでも学問の分野が変われば、どういう方法で何についてリサーチしてくるかが変わるわけです。文学部だと文学的な文献調査が中心です。文化人類学だったらフィールドワークを行うでしょう。統計を取るっていうのもありますよね。何万人とかにアンケート用紙配って、その結果を回収して、データを解析する。そうすると、一般的に思われていたのと違う結果が出たりします。統計学はいま学問としてとても強いですね。文学、社会学など、さまざまな分野に影響を及ぼしている方法論です。

あとは、実験してみるというのもありますね。実験って実験室で試験管を振るだけじゃないですよね。たとえばある地域だけ税金を下げてみてその結果どうなるかっていうのを調べるような、社会実験みたいなものもありますよね。シミュレーションという方法もありますね。例えば、宇宙がどうできたか。そういう問いだと、統計も取れないし、文献ももちろん無いし、フィールドワークもできないし、実際にここでビッグバン起こす実験もできません。それでどうするかっていうと、シミュレーションするわけです。たとえば雲のでき方を調べて、そこから統計をとって、銀河のでき方をシミュレーションする、というようなことをしています。宇宙とか、人間とか、生物とかなんでもいいんですけど、ある問いがあったとして、それをリサーチする方法はいっぱいあり得るんですよね。そういう方法論に対する意識が、けっこうアートって弱くなりがちだと思うんです。

アート系の学部に来ると、アウトプットの方法はいろいろ学ぶと思うんですよね。実際、学部もメディアごとに分かれていますね。絵画とか彫刻とか。そんなふうにアウトプットに重心がある環境だから、逆にリサーチの部分をしっかりやっていくと、強みになると思います。

いや、本当にやっかいなのは、曖昧な形で「アート的な方法論」っぽいものがあるということですね。例えばさっきの講評の中で身体性っていう話を突っ込んでしたんですけれども、アートが身体について扱うときに、特定の傾向がある気がしていて、それが身体性という言葉に現れてる気がするんです。すごく曖昧に「身体性」って言葉で言い表してるけど、実質誰もあんまりよく分かってないんじゃないか。でも身体ってことに興味があるなら、別に身体性という言葉に頼らなくても、いろんな方法はあるわけで、別の方法試してもいいと思うんですよね。最後のアウトプットが作品だということを前提にし過ぎるあまり、リサーチが意識的になされなかったり、曖昧に、アートっぽいアプローチに引っ張られたりしがちだと思うんです。そこを注意してほしい。それが今日感じたことの1つ目です。リサーチの方法論を考えてほしいということですね。

【人を頼り、力を借りる】

それから、皆さんの作品を見てると、素手でやってる感じっていうのがあります。1人1人の経験から来るカンのようなものだったりとか、方法の手前の、 自分なりの嗅覚みたいなもので、問いとアウトプットを連続させていってる感じがするんですよ。その方法でもすごく精度が高ければいいんだけど、何年っていう歴史のある〇〇学に負けないのってすごく大変だと思うんですよね。リサーチをしてるんだから〇〇学がみなさんの作品のライバルだっていうのを意識してほしい。

でもライバルなんだけど同時に、競う必要はなくて、どんどん活かしたらいいと思うんですよ。基本的に皆さん1人で作ってましたよね。もちろんちょっとした手伝いとかはあったと思うんですけど、半径の5メートルの範囲で問いを深めようとしてるところがあって、もっと人に頼った方がいいんじゃないかなという気がします。頼るっていうのは共同制作をするっていうだけではなくて、分からないことをどんどん人に聞きに行ったりしていいと思うんですよね。

私は最近目の見えない人について研究してるんですが、自分の研究を考えても、当事者(視覚障害者)に協力してもらうし、そこで得たいろんな発見を最終的な形にするとき、もちろん論文にするのも一つのアウトプットなんだけれども、それだけじゃないんです。何かデバイスを作ったりしたいなって思ったとき、私はそういうのを作れないので、エンジニアに協力して何か作りましょうという話になることもあるし、ワークショップをするってなったら、その専門家に質問したりします。作品に関しても、同じように協力をあおいで問いを深めていくということはアリなんじゃないかと思います。専門家はもういろんなことを発見してくれているので、全部自分で考える必要はないんです。

人に頼るというのは、その人の ネットワークにかかっています。日本の大学って特殊で、美術大学が孤立していますよね。アメリカの大学なんかに行くと、一般の大学の中に美術学部が入ってるのが当たり前です。東京芸大ではなく、東京大学の中に、美術学部があるイメージです。そうすると、周りに社会学やってる人もいれば文学部も理系もいる中で、作品作るという環境になる。日本は残念ながらそうなっていないので、自分でネットワークを開拓していかなきゃいけないんですよね。先端芸術表現科って、「THE・芸術」みたいなクラシカルな表現からは距離がある学科だと思いますが、それだけでは足りないのではないかと思います。外にあるものと手を結んで、リンクしていって初めて意味があると思うんです。折角上野から離れてるので、別のところにもリンクを広げていってほしいなーと思いました。


Q.伊藤さんが務めてらっしゃる東京工業大学のリベラルアーツの学生は、他の学科の人に協力してもらうこともあるのですか?

A.そうですね。理系は基本的に一人でできる研究ではないんで、共同で研究がほとんどです。理系の方が、よりコミュニケーション能力が必要なんですよ。

やっぱり理系の場合って、問いがとても大きいんですよね。宇宙の起源だったりとか、人工知能だったりとか。人工知能の研究をしようと思ったら、脳も身体の構造も感覚のことも分からなきゃいけないし、プログラミングもできなきゃいけない。人と協力しながらじゃなきゃできない。

もちろん良くない面もあります。だんだん全貌が見えなくなってくるんですよ。大きなテーマがある中で、いま自分はここの部分を考えてるけど、それは何のためにしてることなのかをはっきりさせておかないと、研究が単なる作業になってきます。実は、私はそれが原因で文転したんです。共同研究しろとか言っときながら(笑)。自分のコントロールできる範囲内でいろんなこと考えたかったから文系に行ったんですが、でも文転してみると、文系もけっこう人と関わる必要が出てくるなと思いました。


Q.これからリサーチに意識を置きたいとき、どこから始めればいいのでしょうか?

A. リサーチを意識するには、問いをある程度抽象化する必要があります。たとえば何か自分にとって決定的な経験があるとして、でもそれは問いの一歩手前のきっかけみたいなものですよね。作品にするとき、それはどういう問いなのか、誰にでもわかる言葉でズバッと言ってみる。抽象化してみるんです。抽象化することによって消える部分もあるので、それも忘れずにおきつつ、でも1回抽象化してみると、他にも同じ問題考えてる人が見つかるんですよ。自分が抱えてる問題って大抵誰かも考えていて、その人がどういう方法でリサーチしてて、どういうアウトプットをしてるのかっていうのを見てると、自分のやるべきことが見えてきます。仲間や同志を見つけるために、問いを明確にするんです。


伊藤亜紗

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